13歳で娘が特発性脊柱側わん症と診断されました。現在大学生になり、装具治療終了しました。自分の記録のため、そして、同じ病気を抱える人の参考になればと体験記をブログにアップすることにしました。



プロフィール

R

Author:R
母・・・R
娘・・・K
大学生
現在コブ角32~36度
25度の時に側わん発覚
27度から装具治療開始
現在は治療終了、経過観察のみ
(年一回側わん専門医にて検診)



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側わんの友達
前にもちょっと書きましたが、学校の友達に側わんの経過観察だった子がいました。
Yちゃんとしておきます。

うちがまだ、側わんの「そ」の字も知らず、「モアレ検査って半ケツでいやなんだよね」、なんて呑気なこと言ってた頃です。
5年生のモアレ検査でひっかかったらしいYちゃんは、中1の頃、Kに深刻な顔で言ったそうです。
「私、腰が悪いから、ダンサーの夢あきらめるかもしれない」
その子の夢はその当時、ヒップホップダンサーでした。
それから、
「腰の病気で、もう、背も伸びないかもしれない」

うちの子に比べ、早熟で、もう身長も155くらいあったので、まあそれ以上伸びなくても、いいじゃんと、140センチそこそこだったKは言ってました。
初潮も小5であったようですし。

私は、Kを通して、「腰の病気」としか聞いてなかったのだけど、Kの側わんが発覚した時、もしやと思って、KからYちゃんに聞かせたら、Yちゃん
「多分そう」
と言って、担任の先生に
「私の病気って、側わんっていうんでしたっけ?」
なんて確認してたらしい。

それを聞いて、私がYちゃんの母に電話して、いろいろ聞いたのだけど、Yちゃん母は、結構呑気で、定期健診も、なかなか行けず、延び延びになってる風でした。
度数が上がったら装具になると言われてるけれど、今のところ大丈夫とか。
で、何度かも知らないと言うのです。

私が話したのはその1回だけだったのだけど、去年だったかな?Yちゃん、もう検診にも来なくていいと医師から言われたそうです。
骨の成長はすっかり止まり、度数も進行してないのでもう大丈夫、ということらしいです。
結局何度か分からずじまい。
多分20度前後だったんじゃないかと私は推測しています。
装具になってないから、25度以下なのはまちがいないでしょうね。
側わん体操みたいなことも、何もしていなかったみたいです。
ぶら下がったらいいとは言われたらしいですが、それもしていないと言ってました。
自然治癒のパターンだったんですね。
うらやましい。

変わって、Fちゃん。
Kの友達の友達。
学校は違います。
Fちゃんの話は友達の母からの又聞きです。
Fちゃんは、うちが最初に行って、二度と行きたくないと思ったO整形外科、O先生にかかっています。
O先生の指示を守り、お風呂以外、ずっと装具をつけています。
1度、セカンドオピニオンで友達のつてで、別の先生に話を聞きに行ったらしいのですが、診立ては同じだったので、O先生のまま、変わってません。
ただ、〇先生の言い方には時々傷つくとは言っていたようです。
運動は一切していません。
ヘルニアもあって、装具をはずすと痛いのだそうです。
だから、運動もできず、体育も、学校行事のボーリング大会などの遊びも、全部見学しているそうです。
度数は、うちが去年、28度の時、30度半ばと言っていました。
最近はどうなのか聞いてないので、進んだかどうかは知りません。
ヘルニアが、装具によって発生したのか、その前からなのかも知りません。

ただ、Fちゃんは、もうとっくに初潮もあり、身長ももう伸び切って、170センチ近いそう。
多分、装具をはずす日も近いんじゃないかな。

それはそれで、うらやましい。

母友のSさんの話
Sさんは20数年前、側わんで、装具生活をしていました。
1年で10センチ背が伸びた時に、母親の指摘で発覚したそうです。
中学の3年間、陸上の部活と、お風呂以外はつけていたようです。
高校でもつけるように言われたけれど、中学と違って、時間に追われ、体育の着替えなど、装具つけたりはずしたりが面倒で、新しい友達にいちいち説明するのも面倒で、おまけに平日めいっぱい学校だから、病院に行く時間もとれず、勝手に装具をやめ、検診も行かなかったということです。
で、現在に至っているのですが、私が見る限り、全然ゆがんでません。
腰に近い部分だから、腰痛は酷いとは言ってますが、他の側わんでない友達より、酷くないです。
高校では背も伸びず、成長は止まってたと言うので、ちょうど装具はずす年齢になっていたのだと思います。
でも、病院できちんと確認してないから、不安なままの高校生活だったみたいです。


以上、私が知ってる側わんの人の話です。

リアルな友達の話も貴重だけど、私はネットで、大変お世話になりました。
だから、度数が34度に上がって、少しは書けるだけの体験を積んだ時、自分の体験も、ネットで皆に見てもらおうと思いました。

これからよくなっても(それを望みますが)悪くなっても、事実をそのまま書いて行きたいと思っています。

あと1回分、過去の検診の記事を書いたら、現在の話になります。
今回はAAAさんの質問にお答えして書きましたが、書いてみると、そんなに情報としては、参考になるものではなかったかな。
でも、知っていることは全部書きたい。
そうして体験を書くことで、少しは、励みや参考になる人もいると思うので。

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この記事に対するコメント
子供が側わんと判るまでは病名すら知らなかったので、周りに患者さんがいるなんて思ってもいなかったのですが、私の周りにもいとこのお嫁さん(自然治癒タイプ)、側わんを見つけてくれた病院の看護士さん、同級生の子とお姉さん、隣の方の友達のご主人(50歳は越えているはずでお医者様ですが、曲がった体で元気にしてらっしゃいます)と結構いるんですよね。なのに病気に対する認知度が低い。
みんな自分の病気を言って歩くわけではないので当事者になるまでわからないのでしょうね。
【2007/06/19 22:27】 URL | ピース #-[ 編集]

言われないと分からないのはちょっと救いだったりもしますね。
言われても分からない人が大半だし。
なりたくはないけれど、たいしたことないと言えばたいしたことないんだとも思えて。
もちろん、本人には大問題ですが。
【2007/06/20 12:17】 URL | R #-[ 編集]

私も以前、友人のお嬢さんが学校検診でひっかかってコルセットをする事になったという話を聞かされた時は側湾の事も知らなかったので全くピンときませんでした。娘が側湾と分かった時に改めて思い出し、電話していろいろ聞きました。
認知度も低いですし確かに命に別状は無いけれど先の事を考えたら怖い病気です。性格的に先の事を思い悩むタイプなので,暢気に構えられるYちゃん母のような人tが羨ましいです。
【2007/06/21 00:07】 URL | タミー #-[ 編集]

Yちゃん母とは顔見知り程度で、電話も1回きりです。
発覚当初は思い悩んでいたかもしれません。
私が電話した時は、中1の終わりだったから、発覚から3年近く経ってました。3年経ってもあまり進んでない経過観察だとそんな風になるかもしれませんね。
【2007/06/21 20:50】 URL | R #-[ 編集]


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